Uncharted Territory vol.2 - noch nicht

Clarinet / Piano Uncharted Territory vol.2 いよいよ今週末です!

「Clarinet / Piano Uncharted Territory」シリーズはクラリネットの岩瀬龍太さんとピアノの川村恵里佳さんによるデュオで、一見オーソドックスに見えるクラリネット・ピアノデュオから、オーソドックスではないことを探求しようというシリーズとのこと。今回その第二弾に向けて”noch nicht”と題した新作を書きました。プログラムとても面白そうなので、ご都合の合う方はぜひお越しくださいませ。ぜひ雰囲気だけでもご紹介できればと思いまして、新作のプログラムノートをこちらに公開いたします。

プログラムノート

以前あるブログを読んだ。そこには、子どもをこの世界に迎えることへの深い躊躇と、世界を地獄として経験する感覚が書かれていた。それは抽象的な思想として語られたものではなく、政治や社会の出来事、そして身体の経験から絞り出された証言だった。そこに記された世界の認識は、自分にとっても決して遠いものではなかった。

一方で、幼い子どもを育てている自分は、そこからなお希望について考えてみようと思った。それは「それでも世界には希望がある」と言いたいのではなく、厳しい現状認識を引き受けたうえで、希望という言葉がまだ何を意味しうるのかを考えたかったのだ。

希望の根拠を「きっと幸せになる」とか「社会は良くなる」といった未来の予測に置くと、それは簡単に破綻するだろう。エルンスト・ブロッホは、希望を単純な楽観や未来の予測ではなく、「まだないもの(Noch-Nicht)」へ向かうものとして捉えた。希望は未来の保証ではない。しかし未来がまだ決定されていないからこそ、そこに別のものが現れる余地が残されている。

子どものそばにいることも、決まった未来を与えることではなく、未決定性を保ち続ける営みとして希望になりうるのかもしれない。世界に深い傷があることを知りながら、それでも別のものが現れうる余地に働きかけ続けること。希望とは解決の見通しではなく、世界に応答し続けることだと言い換えられるかもしれない。

新しい人間が現れるたび、世界には私たちが想像もしなかった可能性が加わるという存在論的な事実を信頼したい。そしてブロッホは、音楽についても、まだ現れていないものへの予感を語っている。もちろん一つの音が現れることを、人がこの世界に生まれることと同列に語ることはできないけれど。それでも、いま鳴っている響きの中には、まだ聴こえていない別の音が潜んでいる。本作では、そうしたささやかな未完了性を、音の連鎖として辿ってみたいと思った。

たとえばピアノが和音を打ち、その倍音をクラリネットが拾い、やがてピアノの音色と入れ替わる。あるいはクラリネットの重音に含まれる音が、ピアノの響きとして現れる。現在の響きの中からまだ聴こえていない音を探し出し、その小さな移行を繰り返しながら、音楽は少しずつ別の響きを形作っていく。

その生成のために、いくつかの規則を設けた。音高は直前に存在する音を起点として、主に 2、5、7、9、11半音のピッチインターバルから次の音を導き出している。そこで生まれた音は再び次の音の起点となり、一つの響きが別の響きを生む連鎖をつくる。ピアノとクラリネットのあいだで受け渡される音には倍音列の関係を用い、単純なオクターヴや完全5度よりも、第7倍音以上の響きを多く参照した。

この曲に現れる音は、どこかへ到達するためのプロセスではなく、次に何かが現れるためのささやかな条件である。蒔かれた種から何が育つのか、蒔いたときにはまだわからない。花が咲くかどうかさえわからない。それでも、いま鳴っている響きの中には、まだ鳴っていない別の響きの可能性がある。未来は保証されていないが、まだ閉じられてはいない。

コンサート情報

2026年9月26日(土)
開演14:00 (開場13:30)
会場: KMアートホール
一般前売 3,000円 学生前売 1,500円(当日券は各500円増し)

【プログラム】
スヴェン=インゴ・コッホ Hommages – Vier kleine Stücke für Klarinette und Klavier (2008)
マイケル・フィニッシー Clarinet Sonata (2007)
田中慎太郎 noch nicht (2026 初演)
黒田崇宏 …is? are? be? […] I… (2026 初演)

出演
クラリネット: 岩瀬龍太
ピアノ: 川村恵里佳

ご予約
https://uct-vol2.peatix.com/

主催: still